2011年04月20日
2011年04月03日
片品村に避難されてきている南相馬市の方の様子
南相馬の方々が片品村に避難されてきていますが、その生活は、野良仕事をしているとわかりません。片品村のいくつかの民宿のブログを見ると、詳しく書いて下さっているところがあります。民宿たばこやさんのブログはその様子がよくわかります。毎日新しい情報を載せてくれています。相馬盆歌を歌っている、避難されてきた方の動画までありました。
そのほかの情報なども少し入りますが、それらを見ると、帰られる方も出てきたり、こちらで仕事を見つけて働き始める方もいるようです。初夏からは大規模農家の方が一家で働く方を募集したりしているとも聞きました。
避難されている方が便利に過ごせるように巡回バスの検討を始めたり、心のサポートや理容美容、整体マッサージなどの多くのボランティアの方々が片品に入り、南相馬の方々のサポートをしているようです。
またそれぞれの民宿のお客さんが南相馬の方々を1000人受け入れたというニュースをみて、様々な食品などを差し入れしてくれたりしているそうです。これらは新聞や、テレビ、宿のブログをみたり電話をしてきたりして受け入れていると知った方のようです。
ボランティアの方、片品ファンの方、宿ファンの方みんなすごいなーと思います。また片品の個人の方、商売をされている方なども差し入れをしているようです。そういう方本当に偉いですね。
家のお客さんにも、りんごオーナー代金にプラスして、お金を売り込んでくださった方がいます。ボランティアメンバーに登録しているかみさんが判断して有効に使わせてもらうことになっています。でも最近は家の仕事が忙しくなかなか、応援に行けてないようです。
2011年03月28日
朝起きると
メールチェックの後は、ヤフー、ミクシィ、各新聞社、武田邦彦氏のブログなど新しい情報を見ます。
このニュースを見るのは原発事故の最新情報を調べるためです。バラエティーが復活してテレビも普通の放送に近づいてきたのですが、いぜん原発の状況は厳しいものです。それらのテレビばかり見ていると、原発のことなど忘れてしまうようです。でもかなり厳しい現状だというのはわかります。いつになったら先が見えてくるのか。
果樹王国福島には何度か視察に行きました。今回の事故で果たしてどうなるのか。
山梨の人のブログに、福島の高い技術を持っている果樹農家に山梨に移住してきてほしいと書いてありました。高齢化で廃園になりそうな園を引き継いで欲しいのだそうです。本当にそんな事態になるのでしょうか。
2011年03月27日
Jリーグ・ザ・スパ草津の選手がやってきた
27日は、Jリーグのザ・スパ草津の監督選手の皆さんが、南相馬市の子供達をはげます為に、片品村の小学校と中学校でサッカー教室を開いてくれました。主催の武尊ペンション協会の方が、ザスパ草津と親交があり、そのつながりで開催されたそうです。片品村の子供達も参加して、子供たちの同士の交流も楽しくできたようです。帰省中の息子が小学校に行って、参加し写真をとってきました。
この様子はザ・スパ草津の公式ホームページにも載っておりました。
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上毛新聞の記事はこちらです。
先日、南相馬市から避難している6年生を励ます会の様子をテレビみた担任の先生がそれ見てとても喜んでくれて電話をくれたそうです。そんな話も入ってきました。
2011年03月26日
南相馬市から避難されている方の生活の一端がわかるブログ
片品に避難されている方々の町、南相馬市について調べてみました。
ウィキペデアと市のホームページを見るくらいですが…。
ずっと前の千葉真一の『戦国自衛隊』では『青春の坂道』の岡田奈々が旧原町市の相馬野馬追いの所で、好きな人のことを想うシーンがあったと記憶しています。
ボランティア登録をした人のほかにも、個人のレベルでいろいろ応援している片品の人が出てきたようです。何かしたいとうずうずしていて、近くに避難されてきた人が来たらすぐに行動を起こしたみたいです。
宿のお客さんや、片品の好きな人たちが、いち早く受け入れたニュースをきいて支援をしてくれているとも聞きました。家のお客さんにも応援してもらいました。
片品の人のさまざまなブログを見ると知り合いの民宿に何か差し入れてきたなどと書いてあったりします。犬のケージや毛布も届けたとか、大きなニュースではありませんが、そういう助け合いの輪が広がっているようです。一日3食を出すというのは民宿にはあまりありませんから、この3食も長く続くと大変だと思います。家のかみさんは20数人受け入れている宿に少しの時間ですが、ボランティアで手伝いに行っています。
救援物資や義捐金を村に届けてきたというのも大切な大きな助け合いです。個人のレベルで、傾聴ボランテイあに行く人も出てきたようです。
これから貼るリンクは、南相馬市から片品村に避難されてきている方の生活の一端と地域の方の取り組みなどがわかるブログの一部を集めたものです。リンクの許可を得てないブログもありますが、是非多くの方に見ていただきたい内容なのであえて掲載させていただきました。
本当は、わたしが、避難してきている方の宿に取材に行って話を聞いて書くのが一番なんですが、行動力がなく、ただパソコンおたくみたいになって、パソコンの前に座っているだけなので、どうぞご勘弁ください。もう記事を消してしまった感動的なブログもありました。
またミクシィに写真入りで詳しく書かれている方もいますが、誰でも見られるわけではないのでそのリンクは貼りません。
地域の方
http://blog.goo.ne.jp/tomatama1940
http://gazoo.com/g-blog/katashina_mura007/294790/Article.aspx
宿の方(受け入れ先)
https://gazoo.com/G-Blog/KATASHINA_MURA005/index.aspx
http://love-me.cc/blog/yado/nukuyu/
http://marumitukenji.no-blog.jp/maru1/
http://www.oze.biz/diary/diary.cgi
ボランティア活動をしている方
http://d.hatena.ne.jp/Mulunteer/
http://blog.goo.ne.jp/smntk
http://d.hatena.ne.jp/ozedofu/
http://3nintetugaku.net/
片品村HPと観光協会ブログ
http://www.vill.katashina.gunma.jp/
http://ameblo.jp/ozenosatokatashina08-09/
隣村川場村の支援がわかるブログ
http://hajimemasite.blog.ocn.ne.jp/blog/
2011年03月25日
原発事故と農作物
高崎市の大きな農家、米やキュウリトマトなどを栽培している。
今の時期は法連草かき菜などをスーパーなどに出荷しているという。
しかし放射性物質の汚染騒ぎで出荷できない。
15分ほど近所の人を交えて話をしてきた。数か月栽培していざ出荷の時期になって群馬の一部で放射能の規定値を超えたということで出荷できないのは悔しいと思います。。
ここも調べて貰って、数値に異常があればあきらめもつくのでは。
この地区は出荷停止でなく、自粛です。
スーパーは持って行っても受けてくれないという話。
この問題がない時に訪れたなら、町の農業の個人視察になったのですが。
また植え付けをしたばかりのハウスのキュウリなどもこれから先どうなるのか不安だと言っていた。
はたして土壌汚染はどこまで広がっているのか。福島原発から200数十`離れている高崎、そして片品は…。特に問題ないことを祈ります。
最初の数値の発表では、福島のほうではかなり汚染されているところがあるという。
放射性物質の汚染の調査にどのくらいの費用がかかるのかわからないが、細かな地点ごとに早急に農産物や土壌の調査をして、関係者に知らせるべきだと思う。
これからわたしはもらってきた、美味しそうなかき菜とホウレンソウいただきます。
2011年03月24日
ホンダ自動車さんから被害支援協力車の提供があったそうです
大きいところはやることも大きい。1000人近い大人数を受け入れたということで片品村が提供を受けたのか。1台はボランティアグループが使わせていただいているようです。ミクシィの片品の方の日記で知りました。
とほほ
せっかく書いた昨日の記事が全部消えてしまった。年に1回くらいそんなミスもある。
夜中なので書き直す時間がなかった。「トホホ」というところ。
それは書かないほうがいいということなのか。
今日は書き直しはしないことにする。
昨日片品がいち早く被災者の皆さんを受け入れ、ボランティアの皆さんがそのバックアップをしているということで、うちのブログやミクシィを見ていただいている、りんごオーナーさんが募金をしてくれました。とてもありがたいことです。
専門の技術のない人は、ボランティア登録しなくても、近くの民宿や知り合いの旅館などに手助けをすることもできます。同級生の民宿のおやじさんが、避難している方を診療所に乗せてきたのですが、何度か往復したり、待っていたり、大変のようです。一人当たりの予算は少ないようです。そういうところを手助けできれば大いに役に立つと思いました。
受け入れている宿に行って、被災者の方と話をしてくるだけでも相当の応援になります。そうすると何が足りないか、なにを心配しているのか、わかると思います。そんなことを行政に伝えて行く。村がそこのところが十分できていれば、問題ないですが、とくに900人の把握は難しいと思います。民宿で、穏やかに被災者の方と話ができる人は、それも立派な特技の一つです。
やはり、はたで何か言ってるだけでなく、実際に動く人が一番偉いですね。一人でも、小グループでもできることですから。
この事態に大した募金もできない、ボランティアにも行けない俺は結構情けなくなります。
まだ忙しくないのでそこのところはかみさんが頑張ってくれていますが。
ま、今日も寒いけど、彼岸様を送ってから、剪定に行ってきます。
2011年03月23日
大震災と農業
今の時期は中国の黄砂が飛ばされてくる時期です。西から東へ吹いてくるのですが、この風がもし西に吹いて行ったと考えるとどうなったのか。
原発の近くや風向きによっては放射線は出ているので危ないようです。対処方法はわたしが紹介したブログが参考になると思います。
仙台の津波の動画で、田んぼやビニールハウスが、津波で一飲みにされるところが映っておりましたが、大きな被害でとても暗い気持ちになります。復興までは遠い道のりだと思います。
また原発による放射能の汚染が公表されてきました。これはどのくらいの範囲だがまだまだよくわかりません。土壌の汚染はどうなのかも気になるところです。
2011年03月21日
片品のボランティアグループのブログ開設される
震災と片品
今日は雨です。この雨でほんの僅かでも放射性物質が降ってくるのか、このあたりの数値は調べようもないのでわからないけれど、とりあえず濡れないようにだけはしておこう。
心配していた県内のホウレンソウにもわずかだが規定値を超えた放射線物質が検出されたとここに出ていた。知事がJAに出荷自粛を要請したそうです。
新聞社や放送局のネットワークオンラインは1社くらいしか読んでいなかったけれど、この地震の被害から6社くらいを見るようになった。テレビはすぐに終わってしまい確かめるわけにいかない。でも各マスコミのオンライは時間をかけて読める。また各社の違いもわかるかもしれない。
それらを見て感じたことなのだが、災害の現場で働くスペシャリストたちはすごい。医師、看護師、保健師、警察、消防、自衛隊などの努力と力はすごいものだと思う。また地元の人たちも動きのいい人たちがいて、ニュースにはならないけれど頑張っている人たちが大勢いるんだろうなーと思う。
片品村のボランティアグループ「片品むらんてぃあ」の連絡方法やその動きが少しずつ固まってきて、今日も会議と、南相馬市から避難してきている子供たちを対象に催しをするらしい。その催しは、メンバーの東京の知り合いが提案して実現したと聞いている。
かみさんも紙芝居をしていたりボランティア登録してあるので、ここに参加して、夕方は受け入れている民宿に手伝いに行くと言っていた。
関係者でない人たちも、活躍が知りたいので、片品むらんてぃあのブログもあるといいなと思います。ミクシィのコミュ「来らっしゃい片品」にそれらのことを書いたら、ボランティアに参加したいとか、片品の人頑張ってなどメッセージや書き込みをもらったくらいですから。
民間の人で古着のいいものをスーパーの店先に並べておいて、お店に来た避難の皆さんに使えるものは使っていただいているようです。女の人は新しいアイデアを出してすぐ実行に移している。これは凄いや。こういうところは女性のほうが得意のようです。
2011年03月17日
今、この大地震で思うこと
1
わたしは日記は書かないので、少しでも書いている方がいらしたらお願いがあります。
今回の地震のことは、くまなく身近なことや、放送のこと、そのほかなんでも庶民の視点でより細かなことを書いて残しておいてください。きっとあとでいい資料になります。
2
やいださんという方のブログ「waltt踏ん張って踏ん張って」に、今までの地震の時の義援金のまとめが書いてありました。これから考えると、神戸の地震の時と同じ義捐金ではどこにも足りないと思われます。
過去の1戸当たりの義援金の効果は平成5年の北海道西南沖地震では2500万円ほど、神戸では40万円でした。今回の被害面積を考えると、神戸のときに比べて10倍や20倍でも足りないのではと推測できます。被害の全貌がつかめるのがいつになるか分りませんが、生活を切り詰めてもできる限りの努力をみんなでしていく考えを持つのがわたしたちにできることではないかと思いました。人それぞれのレベルでなるべく多くできればと思います。
わたしは神戸のときにどれだけ募金できたか記憶にありませんが、今回は少しでも多くと思っています。
義捐金のルートはいくつもあります。信頼できる所に切り詰めた時点で、募金をしていくのがいいと思います。
早ければ今月末には被災地に届くと思われます。
今日は片品村を通じての募金を班長さんが集めに来ました。
家から一歩も出ないでネットからもできる方法があります。
3
まだ被害が続いています。原発の放射能漏れの問題が解決していません。
パニック映画のような状態が現実に原発の現場で起こっています。180人態勢で解決に向けて、活動してしているようです。命をかけて自衛隊や、消防や警察や原発関係者の皆さんが戦ってくれています。それらの細かな情報は放送されていませんが、本当に頑張っていただいていることに敬意を表します。なんとかこれ以上の被害を食い止めていただきたいと心から願っています。
原発と放射能についての情報は中部大学の武田教授のブログが分かりやすいです。
未曾有(みぞう)の出来事が起きてしまいました。遠く離れているからと言って他人ごとではありません。パニックにならないで、冷静に助け合っていければと思っています。
片品村はまだ停電ありません。
2011年03月16日
東日本大震災の募金活動始まる
法要のあとで、被害のあった方への曹洞宗の義捐金募金活動の説明がありました。
夜は集落の農地・水・環境保全の会議もありましたが、その時に村からの募金についての活動の説明もありました。
今回の地震の被害の大きさや、これからもまだ広がると予想される原発の被害などを考えると、わたしたち個人も、遊びを控えたり、生活のレベルを少し下げて、なるべく多くの募金をするのが筋ではないかと思いました。
片品村では匿名で100万円の寄付をされた方も出てきたそうです。
いろんなところから募金の要請はきます。誰にも知られずに、直にネットバンクから募金できるのも便利です。
片品村は民宿組合と協力して、5000人の被災者をうけいれる準備を整えていると上毛新聞に出ていました。
2011年03月15日
2011年03月14日
原発の心配
福島の原子力発電所はいまどうなっているのでしょう。
かなり危険な状態ではないかと推測できます。
政府もマスコミも情報をかなり制限しているようにも見えます。
今あそこで初めて起こった事故に対して、どういう専門家が、どういう作業をしているのか全くわかりません。
たぶん関係者の人が、命をかけて時間と戦いながらの作業を続けているのだと思います。
本当に頑張ってもらいたいと思います。
最悪な状態にならないよう、昨日から心配をしていますが、本当になんとか食い止めてほしいと祈っています。
ここに大学教授のわかりやすい現在の分析情報が載っています。
チェルノブイリの原発事故はオレ達が結婚した年にありました。
2011年03月13日
大地震被害者に応援できること
東日本大震災は、広範囲にすごい被害をもたらしている。
まだテレビやラジオに出ないところや、これからの被害の状況をも合わせると膨大なものになると思う。
地震の影響での原発事故も初めての事態で不安を増加させている。
被災者の方は飢えと寒さ(水も足りない電気もない)の避難所生活だけでもジンジョウではないのに、この地震のショックと不安を合わせると、わたしたちの想像をはるかに超えた大変な事態に直面していると思う。本当になんて申し上げていいのかわかりません。
「勝谷誠彦の××な日々」を読むとテレビとは違った情報が書いてある。
それでオレ達にできることは何だろう。
誰にもできることは、まず節電。
それに自分の生活レベルを少し下げて、少しでも多くの義援金を工面して送ることではないかと思う。
息子からのメールで、できたら応援してくれと、二十歳の片品に住む女性の発信したメールを転送してきた。この地震被害の応援を、なにかわたしたちにできることはないかと考え、救援物資の調達を始めて、被災地の許可が出たらすぐに送れる準備を始めたらしい。そういうところで応援したい若い人がいることは力強い。
М1王者の仙台出身サンドウィッチマンは、気仙沼で地震に遭遇し、高台に逃れて助かった。サンドウィッチマン伊達みきおさんのブログはこちらです。
2011年03月12日
地震
一晩中余震は続いた。
家は大丈夫だったけれど、全国では大変なことになっている。
言葉が出ない。
2011年03月11日
長い揺れの地震
今日の地震はすごかった。林檎亭の売店にいたのだが長くて気持ち悪かった。
90過ぎのばあさんと、古い物置と土蔵が2棟あるので心配になり、自宅に戻ったけれど大丈夫だった。
最初の揺れから1時間くらい経つけどまだときどき余震がある。
新潟地震のときと揺れ方が少し違うけど、同じくらいの大きさだったと思う。
震源地近くの被害が少なければいいのだが…。
パソコンの隣の本棚から芥川龍之介の『羅生門・鼻』の文庫本が落ちていた。


