明治の初めに、三遊亭圓朝が下野から金精峠を越えて、上州片品の在に入った旅をし
この本にはわたしの名前と取材のことも出てきます。本も送ってもらいました。自分でも買ったので、その本は村の図書室に寄贈させてもらいました。
なぜわたしを訪ねてくることになったかというと、白根温泉近くの民宿の知り合いが、落語が好きだということで紹介してくれたことがきっかけでした。
先日S17年生まれの兄が同窓会に出席のため帰省した折、昔話をしたのですが、その時ばあさんに白根温泉に連れていってもらったと言っておりました。食べ物を持参して何泊かしてきたようです。わたしも連れて行ってもらったことがありました。泊った記憶はありませんが、湯治場の温泉が湧き出るいくつかの浴槽に入ったことを覚えています。昭和20年代後半か30年ころのことだと思います。
兄は、本当はこの温泉に行きたくなかったと言っておりました。そこには都会から越してきた、明らかに支度も違い、都会の子という風な同級生の女の子が住んでいたからだと言っておりました。恥ずかしかったのだと思います。そしてそのお嬢さんは妹さんとともにまた転校していったそうです。何か訳ありのご家庭だったんでしょう。
この頃は、田植えが終わり、次の蚕の農繁期が始まるまでの間、温泉に行ったのだと思います。ここ片品村にも湯治場があったのです。このころのことは、地元の東小川地区の人に聞けばもっと詳しくわかるかもしれません。
それで考えたのですが、片品にも、現代の湯治宿を作ればどうでしょう。健康と観光と癒し、インターネット環境から、森林浴のできる森も整備します。もちろん部屋はシングルまたはツインのベッドです。
温泉ソムリエGonsukeとしてそんな他愛もないことを夢想しております。


